忘れられない国(六) グリーンビル

短編&エッセイ

 飛行場には、モンロビアから無線連絡を入れて運転手を呼んである。もちろんこの当時、1980年代末ごろにはケータイなんて便利なものはなかったから、連絡はすべて無線機で行う。


 無線機とは、写真のようなスピーカーの付いた箱で、これに渦巻きコードでマイクが付属している。しゃべるときはマイクのボタンを押し、ボタンを放すと無線機のスピーカーから相手の声が聞こえる。まず、ボタンを押しながら相手を呼び出し、こちらの用件を伝えたら、「オーバー」で相手の返事を促すという一方通行会話の繰り返しだ。

 ついでにちょっと脱線してパソコンの思い出話。今から30年ほど前、モンロビアのオフィスにあったパソコンは初期のアップル製だった(写真上)。今では懐かしいモニタ一体型モデルだ。オールソンはウィンドウズの「はしり」みたいな、ほとんどワープロのような機械を個人で持っていて、「計算もできるし、請求書も作れる」と得意満面だった。

 さて、飛行場に降り立ったオールソンと僕、そしてマッカーシーの三人は、カンカン帽を目深にかぶったママディの運転する車に乗り込む。僕はその後三年ほど、このママディという運転手とほぼ毎日顔を合わせることになる。ママディはマンディンゴという部族に属している。部族なんてどうでも良いなどと考えてはいけない。この国では、人物について評価するときには、まず彼が所属している部族が問題となる。

 顔や性格などの個人的資質よりも、彼がどの部族の出身なのかによって、その男との人間関係の70%くらいが決定してしまうのだ。特に内戦が始まってからは、部族対部族の構図が明確になり、それで「敵か味方か」という問題になる。部族間の問題については、後々詳しく触れるので、今回はこのくらいにしておこう。

 僕たちは、ママディの運転する三菱パジェロでグリーンビルの町に入る。人家が密集しているのはほんの1km四方ぐらいで、その外側は屋根を草でふいた粗末な民家が未舗装の道路沿いに点在している小さな町だ。レバノン人が経営する10件ほどの雑貨店や食料品店が並ぶメインストリートが一本。街からちょっと離れたところに、医療設備がほとんどない、名ばかりの病院が一つ。あとはディーゼルエンジンで稼動する発電所。

 そのグリーンビルは、サイノカウンティ(Sinoe county:サイノ郡)の中心都市だ。サイノはこの国に 16 あるカウンティの一つ。政治や経済の中心である首都モンロビアからは遠く離れており、また鉱物などの天然資源もないため、この国の中でも今まで最も開発が遅れた地域だ。

 ちなみに、Wikipedia などには Sinoe の発音を「シノエ」と表記しているが、これはおそらく間違いである。「おそらく」なんて、ずいぶん自信がないじゃないかといわれると困るのだが、実際に数年間そこに住んでいた僕自身、誰かがこの地名を「シノエ」と発音するのを聞いたことがない。地元の住民も、ビジネスでここを訪れる外国人も、僕が知る限り全員が「サイノ」と発音している。Wikipedia がなぜ Sinoe の発音を「シノエ」と表記しているのかは不明。

 さて、還暦を過ぎた現在、僕は地球環境について、そして人類を含む生き物について、かなり深刻にいろいろと考えている。しかし三十年前、アフリカに住んでいた頃には、ほぼ完全な「能天気にいちゃん」だった。能天気というのはたぶん「楽天家」と似た意味だと思うのだが、人類の将来について(根拠もなしに)かなり明るい希望を抱いていた。

 そんな能天気兄ちゃんだから、当然ながら森林破壊にも温室効果ガスにもあまり関心がない。「森の中に道路を通して、奥地にある木材のうちほんの一部を切り出す。近隣住民は道路に沿って農地を作ることが可能になり、ついでに学校や診療所も作ってあげられる」というシナリオに乗っかって、ロギング(木材切りだし)ビジネスに関わることになった。

 この国の政府は、森林地帯を数多くの「コンセッション」に分けている。コンセッションとは、政府が(主に外国資本の)民間企業に与える国有林や州有林の伐採権のことで、これには伐採した後の土地に植林し、森林回復のサイクルを見届けるという義務も含まれている。

 実際に日本の林野庁みたいな組織の指示にしたがって植林事業も行われるのだが、道路ができると近隣住民による焼畑農業も加速するので、昔からの本物の熱帯雨林は確実に減少して行くことになる。僕が関わったコンセッションは、何十年か前に第一次の伐採が行われた後の、言わば「中古の森」だったので、僕の印象では、本当に深い熱帯雨林の割合は全体の20%に満たなかった。

 その辺の状況は、これから話がブッシュの奥に進むにつれて少しずつ分かってくるだろう。こんな説明ばかりしていても話が前に進まないので、次回はいよいよサイノ港の紹介だ。