魅力いっぱいの大鹿村(その一)

短編&エッセイ

 長野県の南部、下伊那郡にある大鹿村。山奥にある人口 1000 人ほどの小さな村だが、大鹿歌舞伎が開催されるので有名だ。さらに、日本列島の成り立ちを理解する上で非常に重要な中央構造線が村を南北に貫いていることで、地質や地形に興味のある人にとっては「絶対に外せない」ジオパークの一つになっている。

 まず昔からこの村に受け継がれている大鹿歌舞伎について。これはもう国の重要無形民俗文化財に指定されている上に、映画やドラマにもなっているので知っている人も多いだろう。毎年五月と十月に行われる定期公演には全国から観客が訪れて会場が超満員になる。村の人に聞いてみると、外からのお客さんが多すぎて村民はほとんど見ることができないらしい。それでも村が賑わうのは嬉しいことだ。

 そして「地球マニア」のぼくにとって歌舞伎よりも「テンション上がる」のが、村のど真ん中を通る中央構造線だ。この中央構造線についての詳しい話は次回以降に回すことにするが、質の高い歌舞伎を育んだこの村の歴史と中央構造線との間には、実は深い関係があることがだんだんと見えてきた。


画像:Wikipediaより

 長野県の南部を南から北に向かってみた鳥瞰写真。画面左側の平野部が伊那谷、そして画面の右端に見える鋭く切れ込んだ南北一直線の谷が、中央構造線に起因するV字渓谷だ。V字谷の真ん中辺りにちょっと開けたところが見えるが、ここが大鹿村の大河原地区になる。

 村を見下ろす大西公園に建立された大西観音菩薩。この公園は、昭和三十六年に長野県南部を襲ったいわゆる「三六災害」の大崩落の跡地に作られた。災害発生からほぼ30年後の平成三年にようやく公園が完成した。村民の地道な復興努力の結果がこの公園なのだ。

 野外ステージやマレットゴルフ場などもあって見晴らしの良い広場。これだけ雰囲気の良い公園には滅多にお目にかかれない。右手遠方に見えているのが「ろくべん館」という名前の郷土資料館とお目当ての「中央構造線博物館」だ。小渋川の上流方面を見やると、遥か遠くに赤石岳の白い峰がのぞいている。

 こんどは谷の向かい側にある大磧神社から見た大西公園。大磧神社には大鹿歌舞伎の舞台がある。画面のほぼ中央に豆粒のようにさっきの観音様が見えている。その背後には、三六災害の大崩落地が当時のままに口を開けている。

 大鹿村には、大災害から不死鳥のように息を吹き返すたくましさ、日本国内だけでなく世界中から人を受け入れる優しさ、歴史を連綿と引き継いで行く律儀さ、周囲と調和しながらしかも個性を失わないしたたかさ、そんなものがすべて共存しているのだ。そんなパワーが、もしかすると中央構造線から出ているのかもしれない。