忘れられない国(九) 水に沈む木

短編&エッセイ

 熱帯雨林を維持しながら「選択的に伐採する」という方針の下で、ぼくは何年かロギングビジネスに関わった。ロギングとは、森林から木材を切り出して製品化するという商売なので、それには必ず道路造りが伴う。ぼくの仕事の半分は道路の設計といっても良いほどだ。

 そして、森の中に道路を通すことは、明らかに周辺住民の焼き畑行為を助長する。住民は焼き畑を行うと、その土地を放置して他の場所に移動する。放置された畑にはあっという間に様々な植物が生い茂り、荒れた「ジャングル」になる。

 ここで参考までに、人が入る前の熱帯雨林の植生と、それが伐採されてジャングルになった後の状態を二つの画像で比べてみよう。


画像:wikipedia

 この写真はガボンの風景だが、ぼくが働いていたブッシュと非常によく似ている。人が手を加える前の熱帯雨林はだいたいこんな感じだ。土壌は痩せていて養分は少ない。表面の落ち葉などを取り除くとすぐに「ラテライト」と呼ばれる黄色っぽい赤土が出てくる。樹木は養分を確保するために写真のように大きな「板根」を発達させる。昼間でも薄暗くて涼しく、下草が少なくて歩きやすい。

 これがいわゆる「ジャングル」の風景。熱帯雨林が伐採されると日光が当たるようになり、下草が生えて蔓植物などが密生し、非常に歩きにくい。1 時間かかって 100 メートルしか進めない、なんてこともよくある。

 この状態になったジャングルが熱帯雨林に戻るのは非常に難しい。はっきり言って、アマゾンや東南アジア、そしてアフリカで失われている熱帯雨林は、永久に戻ってこないと思って間違いないだろう。非常に微妙で壊れやすい生態系バランスの上に成立しているのが熱帯雨林なのだ。この問題については、また別の機会に深く掘り下げたいので、ここではこれ以上触れないことにする。

 さて、ママディの運転するパジェロが突然開けた場所に出た。何年か前に使い捨てられた焼畑の跡だ。現在は低木や雑草が茂っている。遠くには、そのときの焼畑の炎の難を免れた大木が、今にも歩き出しそうな姿でその太い幹を見せている。ちょっと見には『星の王子様』に出てくるバオバブのよう。巨木に下枝がないことから、その一帯が以前は熱帯雨林だったことが分かる。その巨木は、樹冠部分にだけ葉が残り、衣服をすべて剥ぎ取られて泣いている巨人のようにも見える。

 広い畑地をしばらく行くと、きれいに整地されたラテライトの地面と平屋の建物が目の前に現れた。ずっと夢に見ていたブッシュキャンプにようやくたどり着いたのだ。奥の方には、高いトタン葺きの屋根の下に、何台かのイエローマシン(黄色にペイントされたブルドーザーなどの重機をこう呼ぶ)やピックアップトラックが見える。

 これがわが社のガレージだ。準備期間も含めてここ二ヶ月、ぼくはずっとこの瞬間を心待ちにしていた。その後のことはほとんど考えていない。6 月から 10 月までの長い雨期が終わるこの頃は、今シーズンのプロダクション(生産量)を左右する重要な時期だ。その大切な時期に「一身上の理由」で辞めてしまう前任者に代わって、ある知人を通じてぼくがブッシュマネージャーを任されることになった。

 そんな大任がぼくに回ってきたのは、なかなかやり手がなかったから。給料はまあまあだが、シーズン中は休暇もほとんどなく、ブッシュでのテント生活も多く、それに西アフリカは暑い。マラリヤもある。しかも政情不安から治安も悪くて生命の危険さえある。そんな職場で働きたがる若者はあまりいない。気分的には「フランス外人部隊」に入るのにかなり近い。

 右上にちょっと見えている「立派な建物」が、ぼくらのフロントオフィスだ。オペレーションは熱帯雨林の奥へ奥へと進んで行くので、ちゃんとした建物を建てる必要はない。それにしても掘っ立て小屋のような建物だが、内部はそれなりの作りになっている。もちろんキッチンやトイレもあり、専属のアフリカ人コックもいる。男ばかり 8 人の生活だ。

 住居はさておき、注目してもらいたいのは手前の道路にかかっている橋だ。なんと、木でできている。この上を、10 トンを超える材木を積んだトラックや、自重が 50 トンもある大型ブルドーザーが通過する。伐採目的の一時的な道路なので、コンクリート製の永久橋を作るのでは採算に合わない。だからロギングビジネスでは木で橋を作るのが普通なのだ。

 ぼくらが橋に使うのは“エキ(Ekki)”という特別な樹種だ。この木は硬く締まっていて非常に重い。ドイツではかなり以前から鉄道の枕木として普通に使われてきた。腐りにくくて虫にも食われず耐久性に優れている。非常に重いので、水には浮かずに沈んでしまう。木材の常識を完全に越えている。長い寸法の材がとれるので、ドイツで鉄道の枕木になるほか、港湾用として棧橋や杭などにも使われる。

 エキは“アゾベ(Azobe)”と呼ばれることもあり、シェラレオネからガボンにかけて、西アフリカの広範囲に見られる。硬くて重いだけではなく、直径も 1 メートルを優に超え、しかも曲がらずに 40 メートル以上まっすぐに成長する。ただし、乾燥すると割れや狂いが出やすいという難点もある。


画像:HobbiHouseInc

 エキは独特の色をしている。この写真では褐色だが、ぼくらの森で採れるエキは紫色に近く、印象としては赤黒い木材に白い線が細かく入っているという感じだ。僕はこのエキの色合いと質感が大好きなのだが、商品として扱うことはなかった。乾燥してしまうと硬くて加工が困難になるのと、もっと単価が高くて「儲かる」樹種がブッシュにたくさんあったからだ。

 さて次回からは、ビジネスからは少し離れて、西アフリカの自然、人々の風習や暮らしなどについても少しずつ触れて行きたい。