飛騨街道を歩いて塩鰤を味わう – Let’s walk the Old Hida trail and taste salted Amberjack

 昨年の夏、「 懐かしい飛騨街道 」という記事で飛騨鰤(ひだぶり)について紹介した。飛騨高山の歩荷(ぼっか)たちは、ほんの数十年前まで富山湾で捕れた寒ブリの塩漬けを背負って信州各地に運んでいた。開田の人々も、その「飛騨鰤」を正月のごちそうとして食べていた。上の写真は開田の大馬主「山下家」の住宅を保存した記念館だが、ここに展示されている婚礼のメニューにもちゃんと「ぶり」という記述がある。今春から、この山下家住宅をスタートして、旧飛騨街道を歩いて西野峠を越え、歩いた後に地元の蕎麦屋で塩鰤(しおぶり)とそばのランチを味わうというツアーを始めた。

 午後の日に輝く西野川。昨年までは同じコースを逆向きに(把の沢 → 山下家住宅)歩いていたのだが、歩いた後にぶりのランチを味わうという都合上、西野から峠を越えて把の沢に出ることにした。しかしこれも、「60キロもの塩漬け鰤を背負って雪の中を開田村の中心部まで歩く」というストーリーを想定した場合にはごく自然に思えてくる。

 峠への登り口にある八幡神社の鳥居。足下の黄色い水仙が目をひく。

 峠までの勾配は、把の沢側よりも西野側の方がやや急な感じ。いそいで登ると息が切れるので、時々後ろを振り返りながらゆっくりと登る。道はしっかりと整備されていて、立派な標識が分岐ごとに立てられている。

 峠の標識。展望台へ行く場合は、この 20 メートルほど手前にある分岐を右折する。展望台は峠より少し高くて標高 1422 メートル。普通、峠の一番高いところには、お地蔵さんやら観音様、さらには祠などがあるのだが、西野峠には何もない。この辺りの地形が少し入り組んでいるので、峠が移動してしまった可能性もある。

 峠から展望台までは 400 メートルほどあり、最後の 50 メートルほどがかなりの急登になっている。冬場は雪が着いて、それが凍るので、軽アイゼンを持って行った方が良い。

 頂上の城跡で御嶽山方面を眺める。いつ来ても気持ちの良い展望台だ。生憎この日は御嶽山の頂上は雲で見えず。それでもこの場所の解放感はすばらしく、西野の集落や山麓のマイヤスキー場などが良く見えた。地元の人々も「城山」と呼んでおり、一応「城跡」ということになっているが、案内板を読む限り、この場所は主として「狼煙台(のろしだい)」として機能していたと思われる。かなり遠くの狼煙まで良く見えたことだろう。

 祠のそばにある摩利支天像。御嶽が見える遙拝所や展望台には、必ずといって良いほど摩利支天像が祀られている。戦争の神様なので、戦勝祈願の目的もあるのだろう。

 把の沢に向かって下って行くと、途中に石仏や石碑が集まっている場所がある。これはその中の一つ、子安観音(こやすかんのん)像。「子安」というのは、安産、子供の成長、子授かりなどを願って祀られる観音様。

 飛騨街道の立派な石碑。昭和になってから観光促進のために建てられたものだろう。この近くには、昭和 58 年の大災害の石碑もある。

 ハイキングの最後には、いよいよお楽しみの飛騨鰤料理。地元で有名な「中西屋」さんが特別メニューでもてなしてくれる。通常のメニューにはない、この塩鰤ツアーだけの限定メニューだ。

 最初に出てくる盛り合わせ。今回は春の山菜と「すんき」。

 主役の塩鰤の前に、岩魚の塩焼きが出てくる。身はふっくらとしていて骨まで柔らかく、頭から全部食べられる。

 これがお目当ての「塩鰤」だ。昔の人はおそらく塩辛い鰤を焼いて食べたのだろう。でもこのツアーでは、塩に漬けた鰤の風味を味わってもらうため、燻製に近い形で提供している。手前の黄色っぽい切り身は、腹の脂身だ。どちらも独特の風味があってうまいが、強いて言えば「あっさりしたベーコン」といった感じだろうか。ゆっくり噛みしめて味わう。

 山菜の天ぷらは、この時期から六月ぐらいまで。メニューは季節によって変動するが、それもまた楽しみだ。

 きのこがタップリ載ったぶっかけ蕎麦。ちなみに、この日の料理では動物性の「だし」を使っておらず、例えば外国人に多いベジタリアンやヴィーガンにも対応可能だ。

タイトルとURLをコピーしました