遅くとも梅雨明け前までには水月湖を訪問しようと計画していたのだが、若狭行きを秋まで延期するかもしれない。水月湖と一緒に詳しく見ようと思っていた「若狭三方縄文博物館」に隣接して、なんと福井県の「年縞博物館」というそのものズバリの施設が、今秋9月15日にオープンするというのだ。長さ45メートルもある水月湖の年縞をそのまま生で見られる。
立派な施設だ。僕のようなマニア以外に見に来る人がいるんだろうかと心配になってしまうが、福井県が「縄文ロマンパーク」の一部として整備しているので、たぶん心配無用だろう。地球環境を考える上での情報発信拠点として、僕はものすごく期待している。
さてここで、水月湖の年縞という正確な「時間の物差し」が発見されたことによって、どんなことが分かってきたのかを再確認してみよう。
世界では水月湖以外にも、グリーンランドの氷床から採取した「アイスコア」などが年代特定の世界基準として認められている。それらと比べて、水月湖の年縞にはどんな特徴があるのか。
まず、水月湖の年縞による年代測定は精度が非常に高い。5万年前の年縞で誤差が170年、というのは世界の他の地域にある年縞と比較して驚異的な数字だ。したがって短期間の急激な気候変動も把握できるという大きな利点がある。
また、水月湖はグリーンランドの氷床などと違って温帯地域にある。温帯にある湖だからこそ、そこに生息する豊富な植物の痕跡が年縞の中に残っている。具体的には葉っぱや花粉だが、これらは当時の気候を特定する際に大いに役立つ。そして重要な点として、我々人類のほとんど(90%以上)が温帯域に住んでいるという事実もある。
ここで僕らの頭に浮かんでくるのは、「水月湖の年縞は今近い将来の気候変動予測に役立つかも・・・」という当然の期待だ。本当に地球は深刻な温暖化に直面するのだろうか。IPCCの予測から大きく外れて寒冷化に向かう可能性はないのだろうか。
僕たち現生人類(ホモ・サピエンス)が地上に現れたのは約20万年前。それから現在まで、人類は全滅するほどの気候変動を経験せずに今に至っている。しかし実は7万年ほど前、絶滅一歩手前という危機に直面したことがある。その頃数千年にわたって続いた寒冷化により、現生人類とネアンデルタール人以外のホモ属はすべて絶滅した。ホモサピエンスの人口もわずか1万人まで減少した。たった1万人・・・。
あれほど繁栄し、数億年にわたって地球上を席巻していた恐竜がすべて絶滅したのも、天体衝突によると見られる寒冷化が原因だった。しかしそのおかげで、我々の祖先である最初の哺乳類が大きな進化を遂げた。当時の寒冷化は、結果的には哺乳類にとって幸運だったことになる。
「地球温暖化を何とか食い止めよう」というのが世界のトレンド。その方向に顔を向けていないと、つまりトレンドに逆らうと、「儲からない、損をする、置いてけぼりを食う。」しかし地球の気候を考える場合、こうしたビジネスの観点から完全に自由な立場に立つ必要がある。
“実際はもっと早く寒冷化に進むはずだった地球。ところが8000年ほど前に、ヨーロッパで森林伐採が始まり、さらに世界各地で農耕が始まった。それが人為的な温暖化を生み、さらに産業革命以後の化石燃料大量使用が地球大気の温室効果を高めている。”という見方もできる。
水月湖の年縞を含めた多くの証拠から判明しているのは、少なくとも「数万年という比較的短期の気候変動はほぼ予測不能である」という事実だ。さらに、ここ数万年続いてきた気温の安定期がそろそろ終わりそうだという兆候も見られる。寒冷化か温暖化、果たしてどちらに転ぶのか。
奇跡の湖を自分の目で見ることで、僕は何かを感じることができるだろうか。訪問は延期になったが、ワクワク感はさらに高まっている。