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令和、れいわ、REIWA、いいじゃないか

 おじさんのブログといえども、一応「日記」という体裁をとっている以上、新元号に全く触れないというわけにも行くまい。と言うわけで今回は「令和」について。「もう決まっちゃったんだから、面倒な議論はヤメにしようよ」、みたいな(六十男にありがちな)...
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ホモ・サピエンスの最終進化形 – イチロー

 平成最後の三月。実にいろいろなことがあった。中でもイチローが引退したことは、野球ファンに限らず多くの人々にある種の感慨をもたらしたことだろう。そんなわけで今週のブログは「イチロー特集」になるはずだった。  ところが、気がつい...
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大谷翔平とアンモナイト

 元々は阪神ファンだったぼくだが、イチローがマリナーズに入った頃から日本のプロ野球をほとんど見なくなった。大リーグの気になる試合が BS1 で放送されると、録画しておいて暇なときに見る。ぼく自身は(あるときにバドミントンをしていて肉離れを起...
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忘れられない国(九) 水に沈む木

 熱帯雨林を維持しながら「選択的に伐採する」という方針の下で、ぼくは何年かロギングビジネスに関わった。ロギングとは、森林から木材を切り出して製品化するという商売なので、それには必ず道路造りが伴う。ぼくの仕事の半分は道路の設計といって...
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忘れられない国(八) “カバダ” ザ・ワーカーズタウン

 ぼくの仕事場は、レインフォレスト(熱帯雨林)から材木を切り出すオペレーションの最前線。だからグリーンビルの町には居場所がない。会社の宿舎はあるのだが、日用品や資材などの買い物に来た日に立ち寄るだけで、その宿舎に泊まることはほとんどなかった...
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忘れられない国(七) 港を訪れる

 西アフリカを舞台とした映画にレオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」がある。ダイヤモンドほどではないが、木材も、裏社会や政府関係者が絡むちょっと大きな声では言えないような「やばいビジネス」の温床となっていた時期がある。でも...
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「ずく」について考える

 信州人であれば普通に使う「ずく」という言葉がある。この言葉、意味を説明するのがかなり難しい。僕のような昭和三十年代生まれはごく普通に使う言葉だが、最近の若い人たちはどうなのだろうか。例えばサッカークラブの練習などで、中学生が「今日はかった...
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忘れられない国(六) グリーンビル

 飛行場には、モンロビアから無線連絡を入れて運転手を呼んである。もちろんこの当時、1980年代末ごろにはケータイなんて便利なものはなかったから、連絡はすべて無線機で行う。  無線機とは、写真のようなスピーカーの付いた箱で、これに渦...
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忘れられない国(五) サイノへ飛ぶ

 スプリングペイン・エアフィールドは国内線専用で、ジェット機の発着はできない。それでも今朝は数機のプロペラ機が出発するらしく、入口周辺には例の「むりやり荷物係」の少年たちが何人かうろついている。僕が荷物を持って車から降りると、「ミスター・チ...
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忘れられない国(四) 出発前夜

 ブッシュ(熱帯雨林)に飛ぶ前に、モンロビアにある会社オフィスにちょっと触れておこう。そこは暑さと喧噪でむせかえるようなモンロビアの市街地とは別世界。すべての部屋に冷房設備があり、ゆったりしたソファーのあるラウンジではいつでもテレビやビデオ...