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忘れられない国(七) 港を訪れる

 西アフリカを舞台とした映画にレオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」がある。ダイヤモンドほどではないが、木材も、裏社会や政府関係者が絡むちょっと大きな声では言えないような「やばいビジネス」の温床となっていた時期がある。でも...
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「ずく」について考える

 信州人であれば普通に使う「ずく」という言葉がある。この言葉、意味を説明するのがかなり難しい。僕のような昭和三十年代生まれはごく普通に使う言葉だが、最近の若い人たちはどうなのだろうか。例えばサッカークラブの練習などで、中学生が「今日はかった...
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忘れられない国(六) グリーンビル

 飛行場には、モンロビアから無線連絡を入れて運転手を呼んである。もちろんこの当時、1980年代末ごろにはケータイなんて便利なものはなかったから、連絡はすべて無線機で行う。  無線機とは、写真のようなスピーカーの付いた箱で、これに渦...
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忘れられない国(五) サイノへ飛ぶ

 スプリングペイン・エアフィールドは国内線専用で、ジェット機の発着はできない。それでも今朝は数機のプロペラ機が出発するらしく、入口周辺には例の「むりやり荷物係」の少年たちが何人かうろついている。僕が荷物を持って車から降りると、「ミスター・チ...
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忘れられない国(四) 出発前夜

 ブッシュ(熱帯雨林)に飛ぶ前に、モンロビアにある会社オフィスにちょっと触れておこう。そこは暑さと喧噪でむせかえるようなモンロビアの市街地とは別世界。すべての部屋に冷房設備があり、ゆったりしたソファーのあるラウンジではいつでもテレビやビデオ...
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忘れられない国(三) 空港脱出

 係官が姿を消してからからすでに10分以上。僕はまだ入国カウンターにいる。  オフィスの奥からは何も連絡がない。パスポートに不備があるのかな。ちょっと思い当たる節があるので、だんだん不安になる。何か要求みたいなものを出してくるのか。もしか...
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2018年3月14日 星と薔薇と・・・

 このブログを最初に作ったときのタイトルは「星と薔薇と温泉の日々」だった。そこからなぜ薔薇が削除されることになったのか。  10年前に苗を5本買ってはじめたバラ庭作り。僕は子供の頃から凝り性なので、いろいろなタイプの品種が次々に欲しく...
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忘れられない国(二) 最初の一歩

 僕が乗ったエールアフリック航空のダグラスDC9が次第に高度を下げる。すると、それまで澄み渡っていた窓の外が一瞬で薄暗くなり視界はゼロになる。何となく期待していた明るく光る海岸線を見ながらの進入は叶わず。  やや変色して透明度の下がっ...
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忘れられない国(一) プロローグ

 西アフリカのある小国で、僕が材木会社の現場監督として働き始めたのは 1987 年、つまりあの酷たらしい内戦が始まる二年ほど前のことだった。それからほぼ五年、つまり内戦が始まってから三年間、僕はその国で過ごすことになる。思い出が一杯詰まった...
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2018年2月6日 長野と岐阜のコントラスト

 僕は長野県民だ。しかし県境を越えて岐阜県にある濁河温泉で働いている。つまり毎週、御嶽山の東側と西側を行ったり来たりしている。距離は短いし、時間も一時間足らずなのだが、日本の背骨とも言われる飛騨山脈をはさんだ東と西の往復ゆえに、劇的とも言え...