忘れられない国(七) 港を訪れる

 西アフリカを舞台とした映画にレオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッド・ダイヤモンド」がある。ダイヤモンドほどではないが、木材も、裏社会や政府関係者が絡むちょっと大きな声では言えないような「やばいビジネス」の温床となっていた時期がある。でも僕がサイノ港で最初に目にしたのは、拍子抜けするくらい穏やかな風景だった。

 グリーンビル市街から車で十分ほどのところにある港には、港湾施設といっても数棟の倉庫と小さな平屋建ての事務所が一棟あるだけ。大がかりなクレーンやコンテナ置き場などは無い。桟橋も一つあるだけで、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」が聞こえてきそうな、なんとも長閑な光景が広がる。

 この港を経由して輸入される物資はおそらく「ゼロ」。したがって港の役割は、熱帯雨林から切り出される材木およびその加工品の輸出だけである。その他の産物としては、近隣の農村から集められたカカオ豆(チョコレートの原料)や生ゴム、米などがあるが、これは収量が少ないので、トラック便でモンロビアに運ばれている。

 港に隣接してだだっ広い貯木場がある。上の写真は材木の計測係(スケーラ-)と僕が輸出材のチェックをしているところ。計っているのは「ニャンゴン」と呼ばれる樹種で、主としてイタリアやフランス、スペインなどで家具材として利用される。日本で見かける輸入材のラワンに似ており、製材してみると断面にはほとんど木目が見られない。しかし柔らかいわけではなく、適度な強度と加工しやすさ、美しい色合いが特徴だ。

 サイノで伐採や輸出のオペレーションをしているいくつかのロギングカンパニーは、港でもそれぞれにワーカーを雇っている。僕の会社でも、ポートクラーク(港の仕事の責任者)である「アブー」という男に全体を任せ、その下にスケーラーをひとり、スプレーマン(材木に殺虫剤を散布する係)を二人雇っている。それからもちろん、盗難を防ぐためのセキュリティー要員も幾人か。実はこのセキュリティー(警備員)が一番危なかったりする。

 アブーはこの時まだ二十代だったが、GMのオールソンが人柄を気に入ってモンロビアから連れてきた男だ。ギオという部族に属している。港へ来る度に、年齢的にも自分と近いこの男に会うのが楽しみになった。向こうも僕に親近感を覚えたようで、仕事の合間にお互いの家族の話などをするようになる。

 僕にはちょっと不思議な癖というか傾向がある。観光や旅行目的で通り過ぎるだけではなく、しばらく(数ヶ月以上)一つの国に住んでいると、「ずっと昔から知っていた」と強く感じられる人にほぼ必ず一人だけ会うのだ。その特別な一人には、習慣や文化、言葉の違いを全く感じない。そんな時には、「こいつ、前世では日本人だったんじゃないかな」と思ってしまう。顔までそんな風に見えてくる。アブーもそんな友達の一人だった。

 あるときアブーに、「日本に行ってみたくないか?」と尋ねたことがある。彼はちょっと考えてから、先進国へ行ってみたい気持ちはもちろんあるが、年下の兄弟がたくさんあるので面倒を見なければならず、たぶん行く機会はないだろうと言う返事。この国ではまともな仕事に就いている人間の数が少ないので、それだけ責任も重くなるのだ。

 内戦における部族間の構図については後に詳しく触れることになるが、アブーの属しているギオという部族は政府軍に対してかなり微妙な位置にあった。それでもアブーは自分の出身を隠すことはなく、自分は内戦には関係ないという立場を堅持していた。もっともこれはアブーに限ったことではなく、この国の人間は皆自分の部族に誇り(あるいは愛着)を持っており、さらにまともな人間の大部分はもちろん戦争を嫌っていた。

 政府軍とそれに敵対する反政府軍には、それぞれその大多数を占める部族がある。内戦の進行状況によって身の危険を感じると、人々は家族揃ってジャングルの奥に入り込み、人づてに情報を得ながらなんとか事態が収まるまで身を潜めている。だから、昨日まで僕らの会社で働いていた人間が、突然姿を消すことも珍しくない。それから数週間後、そんなワーカーの一人が首を掻き切られた他殺体で見つかることもあった。

 内戦が激化したある日、大好きだったアブーが突然姿を消した。

(つづく)

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