忘れられない国(八) “カバダ” ザ・ワーカーズタウン

 ぼくの仕事場は、レインフォレスト(熱帯雨林)から材木を切り出すオペレーションの最前線。だからグリーンビルの町には居場所がない。会社の宿舎はあるのだが、日用品や資材などの買い物に来た日に立ち寄るだけで、その宿舎に泊まることはほとんどなかった。この宿舎には、ぼくらの会社が地域住民のために建てた小学校のイタリア人教師夫妻が住んでいる。

 初めてサイノ港を訪れたこの日も、マッカーシーとの打ち合わせがすむと、レバノン人の店を冷やかしてちょっと買い物をしてから、ミスター・ボーノという小学校教師夫妻が住む宿舎にお邪魔する。

 長身で美人の奥さんがパスタとサラダの昼食をごちそうしてくれた。西洋の食材はほとんど冷凍でしか入手できない場所なので、チーズのかかったフレッシュサラダを作ってくれた奥さんはかなり苦労しているのだろう。

 さて、ボーノ家を出たぼくらはママディの運転する三菱パジェロでブッシュへと向かう。しばらくすると急にオールソンが車を停めさせて道端に降り立ち、「レッゴ!(レッツ・ゴーを西アフリカ風に発音するとこうなる)」と声をかけた。見ると、けもの道のような細道がブッシュに向かって続いている。その道を100メートルほど進むと、広々とした台地のような場所に出た。製材所の建設予定地だという。

 製材所(ソーミル:saw mill)を作ることにより、地元住民もたくさん雇用して、息の長いビジネスに成長させようというのが会社の方針だった。単純にレインフォレストから木材を切り出して輸出するだけでは、植民地時代の搾取とあまり変わらない。材木に付加価値を付け、さらに殺虫剤を散布することにより製品としての単価を上げようというのが狙いだ。

 これがソーミルの全景。実はこの写真、ソーミルが反政府軍に占領・略奪された後、ぼくが様子を見に行ったときに撮影したものだ。建物の基本設計や機械の配置は、製材機械の購入元が派遣してくれたイタリア人技師がしてくれた。ぼくは屋根と事務所、そして居住スペースの設計図を書き、現地人の(自称)大工さんに施工を依頼した。まあ、それなりのできばえ。

 しかし建築にはかなり苦労した。なにしろ「これから製材所を作る」という段階なので、製材済みの板がない。建物の柱、壁板などを、すべて大型のパワーソー(日本ではチェーンソーと呼んでいる)で一枚一枚挽かなければならなかった。

 ガイドを装着したこんな感じのパワーソーで、丸太から板を切り出すのだ。一人では大変なので、ヘルパーと呼ばれる助手を二人付けて、交代で一日中、パワーソーと格闘する重労働だ。この時に雇ったマーティンという男はまれに見る働き者だった。

 通常、現地人のワーカーたちは、現場監督が見ていないところでは上手にサボる術を心得ている。ところがマーティンの場合、ぼくがいつもウロウロしているソーミルの建築現場で仕事をしている上に、「今日は○○枚挽いてくれ」と要求が出されるのでサボるわけに行かない。

 日本にも働き者はたくさんいると思うが、この時のマーティンほど一心不乱で仕事をする人間にはそれ以来会ったことがない。160センチに満たない短躯に丸太のような太い腕、厚い胸板、いつも笑っているような小さな目。頭髪とまつげ、そして筋肉の塊のような上半身を木引の粉だらけにして働く姿が今でも目に浮かぶ。

 もちろんできる限りの給料に加えて、ボーナスも払った記憶がある。しかしソーミルの建築が終わると彼に頼む仕事がなくなってしまい、いつの間にか姿を見なくなった。今頃どこで何をしているのだろう。

 さて、ソーミルには後から詳しく触れることにして、ブッシュへの道を急ごう。

 道路はもちろん舗装されていない。こんな風に、道路端を少し掘り下げて排水をはかり、道路の中央をかなり盛り上げている。これでも雨が降るとどろんこ道になってしまい、通過不能になることもしばしばだ。この黄色っぽい土を「ラテライト」と呼ぶ。熱帯雨林の表土を削り取ると、その下は例外なくラテライトだ。

 一時間ほどで、「カバダ」という集落に到着。道の両側に、ちょっと見たところ10軒ほどの民家が点在している。石けんやマッチなどの小物や、(カフェインを含む)コーラという木の実、料理用のナツメヤシなどを売っている小さな店もある。「我が社で働いているワーカーのほとんどがこの村に住んでいるんだ」とオールソン。この時間帯にカバダに残っているのは、女性と子供、そして病人だけだ。

 オールソンは、そのうちの一軒に声もかけずに遠慮なく入って行く。二週間ほど前からマラリアが重症化して仕事を休んでいるアイザックという男の家だ。アイザックは現地人メカニックのチーフで、我が社のオペレーションでは重要な役割を果たしている。

 家と言っても草で屋根をふいた簡単な作りで、アイザックはここで(何人かいるうちの一人の)妻と一緒に住んでいる。六畳程の広さの部屋の隅に粗末なベッドが置いてあり、アイザックはそこで横になっていた。皮膚がカサカサで顔色がひどく悪い。白目がひどく濁って血走り、視線が定まらない様子だ。

 僕自身は、一応この国に入国する前に「クロロキン」の予防注射をしてきたのだが、最近ではこの薬に耐性を持つマラリア病原体が現れているため効果が薄れ、予防注射をしてもマラリアにかかってしまう人が多い。

 ところがなぜか、僕自身はアフリカに 7 年程住んでいて蚊にもよく刺されたのに、遂に一度もマラリアに罹らなかった。逆に、アフリカに住んでいるアフリカ人でありながら、慢性的にマラリアに悩まされる人もいる。遺伝的にマラリアに強い人と弱い人がいると言うことだろう。

 さて、いよいよ次回はブッシュのオペレーションキャンプ(僕にとっての我が家)に到着だ。

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