おとめ座 M87 のブラックホール

 EHT プロジェクトが 4 月 10 日にブラックホールの画像を公開した。広範囲に配置された電波望遠鏡による同時観測というアイデアと、国境を越えたチームワークの結果として成し遂げられた快挙だ。アインシュタインの予言通りにブラックホールが観測されたことにより、相対性理論の正しさが実証されたことになる。


画像クレジット:イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)

 ただ、この画像を見て「えっ!、これが本当にブラックホールなの?」と感じたのは、ぼくだけではないだろう。天文の知識をあまり持たない一般の人たちは、ブラックホールの近くに行けばこんな光景が見えると思うかもしれないが、実はそうではない。

 ここに見えているのは可視光で見えるブラックホールではなく、南米、ハワイ、スペイン、そして南極にある多数の電波望遠鏡(パラボラアンテナ)で同時に観測した電波を集計し、その結果(つまりデジタルデータ)をコンピュータ上のプログラムを使って合成した画像なのだ。

 さらに言えば、ブラックホールから出た光(電磁波)はその強力な重力によって曲げられているので、 この画像はブラックホールそのものの大きさを示すものではなく、それよりかなり大きなブラックホールの影、つまり「ブラックホールシャドウ」だとも言える。


画像クレジット:C. Mihos (Case Western Reserve University)

 「おとめ座」の M87 銀河の直径は、ぼくらの「天の川銀河」とほぼ同じで約 10 万光年。写真を見ての通り、天の川銀河やアンドロメダ銀河のように平べったい渦巻き状ではない。「楕円銀河」と呼ばれ、ほぼ球状になっている。宇宙生成の比較的初期にできた古いタイプの銀河なのだ。そしてその中心部には、気の遠くなるような長い年月の間に多くの星が合体してできた「超巨大ブラックホール」があるというわけだ。

 地球から M87 銀河までの距離は 5500 万光年だ。5500 万年前といえば、ヒトの直接の祖先である最初の霊長類がやっと地球上に現れたころ。そんな大昔に M87 を出発した光(および電波)を、ぼくら人類はいま観測している。なぜもっと近くにある、天の川銀河内のブラックホールを選ばなかったのかというと、M87 銀河の中心にあるブラックホールが太陽質量の 65 億倍と恐ろしく大きく、強い電磁波を出しているからだ。


画像:NASA and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA)

 上の写真は、ハッブル宇宙望遠鏡で M87 銀河の中心部を撮影した実際の画像。ブラックホールのある辺りから吹き出したジェットの長さはなんと 8000 光年におよぶ。


画像クレジット: 国立天文台/AND You Inc.

 この画像は M87 の中心部にある巨大ブラックホールからジェットが噴出する様子を表現した想像図。この図では黒い穴が見えているが、実際には点のように小さくてほとんど見えないと思われる。ブラックホールをひと言で表すと、見えないくらい小さいのにめちゃくちゃ重い天体ということになる。

 光も電波も含めて、すべてを吸い込むために真っ黒な穴に見えるブラックホール。しかしそのブラックホール周辺では超高温のガスがリング状に渦を巻き、さらに垂直方向には秒速数万キロという超高速でガスのジェットが噴き出している。ブラックホールそのものの姿を撮影するのがいかに困難か分かるだろう。実際、アインシュタインも、ブラックホール自体の観測は不可能だろうと予言していたくらいだ。


画像クレジット:C. Mihos (Case Western Reserve University)

 中心に超巨大ブラックホールを持つ M87 は、今の季節に東の空から昇ってくる「おとめ座」のこの辺りにある。ボーッとした小さな光芒は、口径 10 センチの小さな望遠鏡でも十分に見える。

 今回の観測には日本チームも協力しているのだが、そのチームリーダーである国立天文台の本間希樹教授の言葉にはビックリした。ハワイのスバル望遠鏡ドームの前で、本間教授が NHK の取材に応じたときのこと。レポーターが「天の川はどの辺りを流れているのですか?」と質問すると、なんと本間教授は天の川がどこにあるのか知らなかった。

 そして、「天文学者というものは、天の川がどこにあるとか、そんなことは知らないものです」と笑いながら答えていた。おそらく本間教授は、M87 がおとめ座にあることも、おとめ座が空のどこにあるかも知らないのだと思う。・・・でもそれって、ちょっと寂しくないかな。

 本間教授のような最先端を行く天文学者、つまり天文学を職業としている科学者にとっては、今回観測したブラックホールは、赤経 12h 30m 49.42338s、赤緯 +12° 23′ 28.0439″に存在する「単なる研究対象」でしかないのだ。

 高校時代のぼくのように、夜空を見あげて「宇宙の神秘」を感じているような人は、最初から天文学者には向いていない。でも負け惜しみではなく、プロの天文学者にならなくて良かったとぼくは思っている。天の川を見ても感動しない人というのはどうも・・・。

 さて観測が可能だと思われる巨大ブラックホールは、実は M87 だけではない。そんなに遠くでなくても、ぼくらの天の川銀河の中心にも巨大ブラックホールがある。それが「いて座 A スター」だ。


画像:NASA/CXC/MIT/Frederick K. Baganoff et al.

 「いて座 A スター」の質量は太陽の約 400 万倍なので、M87 に比べると約 1500 分の 1 程度。しかし地球からの距離は約 28000 光年なので M87 までの距離の約 2000 分の 1 ほどしかない。ブラックホール自体は小さいが、距離がはるかに近いため、今回よりもずっと鮮明な画像が得られるかもしれない。

 こちらの方が観測には有利なのだが、時間による変動が大きいうえに地球との間にガスなどの障害物がたくさんあるので観測が難しい。それでも現在データ解析を進めているので、不利な条件を克服して、近いうちにこちらの画像も公開されるに違いない。

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