2018年2月6日 長野と岐阜のコントラスト

 僕は長野県民だ。しかし県境を越えて岐阜県にある濁河温泉で働いている。つまり毎週、御嶽山の東側と西側を行ったり来たりしている。距離は短いし、時間も一時間足らずなのだが、日本の背骨とも言われる飛騨山脈をはさんだ東と西の往復ゆえに、劇的とも言える変化を毎週のように経験する。

 さて、日本を東西二つに分けようとする場合、その境界はフォッサマグナ、つまり糸魚川と静岡を結ぶ中央構造線とするのが地質学的には一般的。でもこれでは長野県がど真ん中で東西に別れてしまうので、文化や風土を考えると適切な境界線とは言えない。

 ではどこで分けるのか。ずばり、飛騨山脈(一般には北アルプスと呼ばれる)とその延長線である。ちなみに、我が御嶽山は北アルプスの南端に位置する独立峰だ。

 この分け方によると、まず日本海側では、富山県は西日本で新潟県は東日本。太平洋側では、愛知県が西日本で静岡県は東日本となる。そしてなんと、僕が毎週往復している岐阜県と長野県の間にも、西日本と東日本の境界線がある。

 この東西の分け方は、風土や言葉などから見ても、多くの人に直感的に受け入れてもらえるのではないだろうか。細かいことだが、NTTは静岡県を西日本に含めている。これは、東西の営業規模を拮抗させたいという意図的なものらしい。

 昨年、北朝鮮のミサイルが日本上空を通過した時にJアラートの緊急放送が流れた。これが長野県では聞こえたのに、岐阜県では聞こえなかったという。たぶん日本政府も、飛騨山脈とその延長線を東西日本の境界だととらえているのかもしれない。静岡ではどうだったのかな。

 岐阜県と長野県の違い。それは気候だけにとどまらない。隣県同士では、人や物品の移動も活発で、言葉や文化にも共通点が多くなるのが普通だ。しかしこの両県は飛騨山脈で分断されているので、気候だけでなく、食べ物も言葉遣いも、そして人々の気質も驚くほど違う。山に阻まれて、人的交流が意外に少ない。

 さて、先週は大寒波に襲われて飛騨地方にもたくさん雪が降った。濁河温泉の積雪は、累積で軽く1.5メートルを超えている。

 旅館の駐車場では、除雪用のペイローダーが大活躍だ。

 僕が働く旅館の屋上には天文台があるのだが、星空が見えたのはこの一週間で一回だけ。先週末の皆既月食も残念ながら全く見えなかった。

 今日は仕事が休みなので、長野県側の松本市へ買い物に。飛騨山脈(つまり北アルプス)の東にある松本市は雪が少なく、冬季は晴れる日が多い。冬の松本の典型的な風景だ。気温は低いけれど、日当たりが良くて明るいので気持ちが良い。僕の妻は新潟県の出身なのだが、松本に住んでみて、冬に天気が良いのがありがたく、北アルプスの美しさに感動したと言っていた。

 西を見ると、北アルプスが雪雲に覆われているのがよく分かる。気圧配置が西高東低の時は、いつもこんな感じ。たまに高気圧におおわれて晴れると、真っ白な北アルプスの山並みが遠くに見えて、何とも言えない美しさだ。

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